読書の秋か
9月29日(木)
■午後M高校で授業をして、国分寺でさらに授業。外はめっきり涼しくなっており、過ごしやすく、身体の体調も申し分ない。なぜかソワソワする。なんだろな。
■最近読書といえば、ほとんどが台本のための資料になってしまっていた。でも秋だし、久しぶりに、フィクションを連日読んでいる。ずいぶん読んだなー。この一週間くらいで、10冊は読んだんじゃないか。新刊から、文庫本まで。
■そんな毎日。3月のイメージは、いまだ、わかず。
9月29日(木)
■午後M高校で授業をして、国分寺でさらに授業。外はめっきり涼しくなっており、過ごしやすく、身体の体調も申し分ない。なぜかソワソワする。なんだろな。
■最近読書といえば、ほとんどが台本のための資料になってしまっていた。でも秋だし、久しぶりに、フィクションを連日読んでいる。ずいぶん読んだなー。この一週間くらいで、10冊は読んだんじゃないか。新刊から、文庫本まで。
■そんな毎日。3月のイメージは、いまだ、わかず。
9月21日(水)
■公演は無事に終わったわけだが、すぐに休講分の振り替え授業があったりして、物事をゆっくりと考える暇がない。決算のようなものも、早くしなくてはならない。気は焦るが行動になかなか移せない。
■さらに言うと、来年の3月に新作を予定しているのだけれど、はっきり言って、頭真っ白状態。このことも、じわりじわりと自分に迫ってくる。
■脈拍のリズムという作品についていは、直接、間接含め、いろいろな感想をいただいている。ありがたい。予想通りというか予想以上に、ラストについての言及が多く、どうしようかなあと思っている。実は、あのシーンは、最後の最後まで難航した。難航というと語弊があるかもしれない。迷いみたいなものがあったと言えばいいか。なので、アイディアはあったものの、俳優に戯曲の形で配ったのは、たぶん9月に入ってからのことだったと思う。
■この迷いは、おそらく、劇作家としての自分と、演出家としての自分の乖離にある。出た結論は、演出家としてのものに近い。どこかの劇団に書き下ろしていたら、きっと別のラストシーンにしただろう。しかし考えたどのラストシーンも、私が上演する以上、「そんなの嘘」と思ってしまい、駄目だった。出た結論が、アレだった。
■思いいれがあるわけじゃないけど、あの作品は、あのシーンをもってでしか終わることを許されなかったのだ。本番の舞台を見続けて、何度も何度も考えたけれど、その考えが変わることはなかった。
9月18日(日)
■今回は、本番前に全シーンを一度通し、前日の本番を振り返ることにしている。日に日に止める箇所が減っていく。昨日・今日と、昼夜の公演が続いたので、俳優も、ただ本番を見つめる自分もさすがに疲労の色を隠せないものの、明日もまた本番前には同じことをするつもりだ。とにかく、毎ステージ、毎ステージが勝負である。
■公演は明日まで。ぜひご覧いただきたい。
■早いもので、公演もあと2日だ。毎回思うけれど、今回もいろいろな人に観ていただいており、そのひとつ一つの感想なり意見なりが嬉しい。今日の昼の回を観たMさんには、これまでの作品と180度違うようだと言われ、自分では、そんなつもりはなかったわけだけれども、夜の本番を観ながら、その言葉について、いろいろ考えてみた。
■確かに、かなり直球というか、ストレートな作品ではあるが、表現していることはこれまでとあまり変わらない。そういう意味では、今年5月の韓国公演の経験が、無意識のレベルで影響を与えていたかもしれない。どの部分かまでは分らないけど。表現に対して自由になったというか、人のことはどうでもよくなったというか。まあこういう話しをするよりも、今は明日の本番だ。公演は19日まで。まだの人はぜひ観に来てほしいと思います。
■写真は、今日のお客さん。ロシア人の若者と一緒に。
9月15日(木)
■初日があけた。本番の舞台を見ながら、確かな手ごたえを感じたものの、まだまだいけるとも確信もした。最後まで、だれることなく、いい舞台をお見せしたい。
■それで今回は、交通事故による被害者夫婦を中心に、物語が進むわけだが、初日の舞台に被害者の会を通じて足を運んでいただいた方がおり、公演後「来てよかった」と言っていただき、お花までいただき、逆にこちらが励まされた。こういうことが本当に嬉しい。俳優の自意識、こちらの思いいれなんかは必要ないのだ。
■舞台は19日まで続く。どうやら傑作のようなので、なんとか観に来て欲しいものだよ。
9月2日(金)
■2学期である。
■夕方から、にしすがもで『脈拍のリズム』の稽古。前回は、なんとなく通しただけなので、実質初めての通し稽古。1時間48分。うーん、少し長いな。せめて8分は縮めないとならない。
■作品の骨格のようなものが、もっと決まらないと駄目だ。
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