別の種類の悩みごとについて
11月27日(日)
■学生と芝居をつくっている話はもう何度か書いたが、いよいよ本番も近づいてきている。稽古は学生に任せられる部分は任せるようにしており、つまり細かい台詞の変更や固有名詞に関しては、彼女たちの意見を即座に取り入れるようにしており、自分で言うのもなんだが、かなり寛大な演出家である。
■また舞台で使う曲に関しても(選曲です)、彼女たちが準備してきたものは、それを使えばいいと思っていて、まあ要は、なんでもいいのである。いくらなんでもそれは・・・という場面に出くわしたら、その場で考えればいいことだ。優秀な演出助手が2人もいるし、能力をいかんなく発揮していただきたい。このような企画に関わるものの姿勢としては、一番ふさわしいだろう。
■と、ここまで、いかに私が寛大であるかということを書いてきたが、つい昨日、驚くべき内容のメールがメーリングリストで流れていたので報告しよう。固有名詞はイニシャルに変えた。
最後に、二場の劇中劇サキ役についてなのですが、Mさん、Kさんのどちらにも演じて頂きたいという意見が私を含め多数ありましたので、二人に一日ずつ、ダブルキャストで演じていただいてもよろしいでしょうか。
■これには軽く驚いた。とうとう、彼女たちは、キャスティングを始めたようだ。うーん、どうしようか。悩む。いや別にダブルキャストはいいと思うのだけれども、演劇の成り立ちとして、演出家の責任と決定権について、このままでは変な認識を持ってしまうことが不安なのである。
■そんなことを考えながら、どう返信しようか考えていたら、数時間後にはダブルキャスト案は決定事項になっていたのだった。
先ほどMさんよりメールをいただき、ダブルキャストで問題ありませんとのことでしたので、Kさん、Mさん、一日ずつで申し訳ありませんが、サキ役よろしくお願いいたします。他にも何か配役についてご意見ございましたら、Aまでお気軽にメール下さい☆よろしくお願いします(^ ^)
■うーん。別にいいんだけど、本当に、いいんだけど、でもなあ、、、
年末に見たくはない
11月17日(木)
■夜まで一日授業をやって家で遅い夕食をとる。ベストクラシック100というCDをせっせとiPod miniに移行中。移動中に聴くのは、クラシックが心地よい。紅白歌合戦の司会を、みのもんたがやるという。正直、年末にまであの顔は見たくない。若者狙いから、ターゲットを変えたのか、NHK。
人は死んだら生き返る
11月16日(水)
■夕方から代々木で劇団のワークショップというか、様々なアイディア出しと、検証の時間。来年の夏に京都で『トリガー』を上演するのだが、そこである企画を考えていて、果たしてやる意味があるものなのか、それを試してみる。自分で書いたものなのに、その奥に潜むテーマのようなものが、予想を超えて浮かび上がってきて、確かな成果があった。なにを試したのかは、まだ書けないけど。
■それと死の話。知りたいのは「死とは何か」ではなく「人間は死とどのように付き合っているのか」ということ。「死」なんて、きわめて個人的なことだし、あまり元気の出る話でもない。でも、表現するものにとって避けては通れないことでもある。「自分だけは死なない」ともし考えていたなら、まず表現という行為をしないだろう。人間の表現欲は「いつか死ぬ」と思うからこそ出てくるものだと思う。最近、いくつかの闘病記を読んで、改めて実感したことだ。
■しかしこの「自分はいつか死ぬ」という感覚は、普段は無意識下に置かれている。24時間こればかり考えていたら、たぶん生きる意欲がわかないだろうし、何をするかわかったもんじゃない。逆に小学生の3割が「人は死んだら生き返る」と思っているというアンケート結果があったりする。かなり無茶苦茶な話である。
少しずつ進める
11月15日(日)
■M高校で授業をしっかりやってから、学習院女子大学へ。学生との公演の稽古も、だんだん形にはなってきたものの、まだまだ何があるかはわからない。それでも、一歩一歩前に進めていかなければならない。
■面白かったのが、アップの時に判明したことだが、今日いた13名のうち、自分の血液型が「分らない」と答えたものが、2名もいたということだ。さらに、占いを「信じる」「信じない」で分れたところ、「信じない」が多数いたのにも驚いた。若い女性は占いが「好き」で「信じる」のが多数だと思っていた。先入観というのは恐ろしいが、プロデューサーをやっている学生のつっこみが、冴えていた。
「信じないと言う人ほど、意外と気にするものだ」
■公演は12月10日11日である。詳しくは、こちらを。
■引き続き、このワークショップのご応募もお早めにお願いしたい。
いずれにせよ、産み出すのは大変だ
11月13日(日)
■午前中から、学習院女子大学へ。12月の舞台の稽古である。一番難しいのはスケジュール調整であったりするわけで、つまりキャスティングが、稽古の出欠状況に左右されることになり、しかしこういう現場のいわば宿命でもあるわけで、甘んじて受け入れることにしようと思う。しかし、考えていたキャスティングを変更すると、途端に出来上がりのイメージも当然変わってくるわけで、何かと大変である。
■夜、妹が第二子を出産したとのメール。おめでとう!
保守?
11月8日(火)
■釜山演劇製作所ドンニョックという劇団の公演を、タイニイアリスに観に行く。金世一くんが、釜山時代に所属していた劇団ということと、かつて釜山に遊びに行ったときに、熱い演劇論を交わした、呉治雲(オ・チウン)さんが演出ということだから、こんな機会を逃すわけにはいかない。
■釜山は、ご存知のように、半島の先にある港町だ。ソウルとは、ずいぶん雰囲気が違う。食事も、人柄も、飲む焼酎の銘柄も違う。今では、映画の街として、その名前はかなりの人が知っているはずだ。舞台を観ながら、釜山でのことを思い出し、そしてまたいろいろ考える。
■で、驚いたのは、演出家である呉さんが、舞台の上で歌ったことだ。しかもオープニングから。歌い終えると、何もなかったように、舞台脇に腰を下ろし、本番の様子を見ている。そして終演までに、あと2回も歌った。これは、どういうことだろうか。いや、演出家が歌ってはいけないということを言いたいのではない。彼も出演者の一人のつもりだったかもしれないし、俳優が一人足りなかっただけかもしれない。しかし、あまり日本では目にすることのない瞬間だった。
■こういう瞬間に、外国の作品を見る楽しみがある一方、『韓国の作品だからなあ』という一言で片付けてしまいがちなのも確かだ。違和感を、知らず知らずのうちに、国籍の違い、文化の違いということで都合よく自分を納得させがちだ。
■以前、チェルフィッチュを観たときにも、それは考えた。その前は青年団だったかもしれない。青年団の作品は、ものすごい影響を受けた。チェルフィッチュは、素直に言えば、拒否だった。自分を納得させる方法が思い当たらなかった。
■今ある演劇のルールや、文法、様式のようなものを壊し、新しいものを作っていくことは、きっと表現者にとって普遍的な欲望だろうとは思う。これから、チェルフィッチュのような舞台は、間違いなく増えていくと思う。かつて、青年団がそうであったように。表現のはじまりは模倣だから。
■新しいもの、自分の文法にない表現に出会ったとき、新しいと見るか、異物と見るかは、似ているようで、まったく異なる受け取り方だ。これを見誤ってはいけない。
ワークショップ
12月には、TOKYOSCAPEに関連したワークショップがあって、(自分のためにも)整理すると、
●東京、森下スタジオでの6演出家によるワークショップ
●京都でのワークショップ(プレイベント)
この2つが、今年の12月に実施されるわけです。ちなみに、私のスケジュールは、
12月2日、3日、6日、7日の13:00~17:00が、森下でのワークショップ。それで、13日が成果発表会。
12月21日、22日の夜が、京都でワークショップ。
ということになっております。
お申し込みはお早めに。申し込みは、全部web上で行えます。がんばります。どうぞよろしく。
my favorite
11月4日(金)
■夕方から、学習院女子大学で稽古。アップして、身体をほぐして、エクササイズ。今日は学生それぞれのmy favoriteを発表してもらった。これが予想以上に面白く、聞いてもらいたい人、それを知りたい人、発表者と受け手の関係が、優しくてふんわりしていて、新鮮だった。
■会場となる和(やわらぎ)ホールでは、東京オレンジが下見、というか、稽古中。早めに切り上げて、一同見学。技術的な懸案事項も無事に解決できて、ほっとする。
タリウム
11月2日(水)
■静岡・伊豆での、母親に毒物を飲ませていたという女子高生の事件だが、詳細がわかっていくと同時に、「タリウム」という劇薬の名前も有名になっていく。グレアム・ヤングという人物も、またしかり。
■別役実さんは『犯罪の見取図』という本の中で、「犯罪は鏡のように、時代の無意識部分を我々の無意識部分へ、そのまま伝達する」と書いていて、この方法で考えると、女子高生が母親をゆっくりと毒薬で殺すという行為は、いったい何を意味しているのか、興味深い。時代の無意識部分。いずれにせよ、タリウムは本当に人体に影響を与えるのか?という彼女の好奇心が、最悪の方向で実を結んだ格好になっている。今のところは。ただ、どうしても彼女が狂っているとか、彼女は変人だとか、そういう文脈で片付けるわけにはいかないと思う。
■夜は、劇団のミーティング。あれこれ話す。
女子大生が行く
11月1日(火)
■今、女子大生15人くらいと芝居をつくっている。何でこうなったのか、冷静に考えると不思議な気がするが、とにかくつくっている。どうせやるなら、現代の女子大生像をふんだんに取り入れたものにしたいと思っていて、彼女たちの「面白いこと」を取り入れた大作にしようとしているわけだが、とりあえず公演タイトルを決めようと思い、まず最初に提案したのが、『THE 女子大生』である。
■現在、『女子大生』という単語は、一時の勢いをすっかり失っており、逆に新鮮のような気がしたので、少々間抜けな感じも相まって、自分としてはすっかり気に入っていたわけだが、本人たちの顔色はすぐれない。そこで、公演のプロデューサーを名乗ってくれたSさんに考えてもらったところ、約10分して出てきたのが、『女子大生が行く』であった。いいじゃん。
■というわけで、『女子大生が行く』ですが、12月10日、11日が本番。場所は、学習院女子大学「和(やららぎ)ホール」です。一回り下の学生たちと、真剣にやります。ご予定ください。
ああ疲れたと言う人
10月31日(月)
■どこの学校にも、授業を終え職員室に戻ってくると、けっこう大きな声で「ああ、疲れた」という先生がいる。誰に言うわけでもなく、けっこう大きな声で。こっちまで疲れるから、そういうのはご遠慮いただきたいわけだ。家じゃないんだし。いません?そういう人。職場とかで。
■今日は午前中から、夜までずっと授業。そろそろ3年生は、余裕がなくなってきたかな?がんばれ!


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