世界史の履修について、全国の高校が揺れている。今日は、校長の自殺のニュースまであった。こんなこと、今に始まったことじゃない。自分の高校の時も、必修の理科の時間に、化学を平気でやってたし、教師も、実際の科目名と内容が違うがこれでいいのだ、というようなことを言っていた記憶がある。
理系だった私は、日本史と生物を高校で一切履修していない。もちろん受験科目ではなかったからだ。(ちなみに世界史は勉強した)それについて当時はなんの不都合も感じなかった。しかし今になって、日本史も生物も「知識が必要だ」と思うことがある。しかも割と頻繁に。
生物については、染色体やDNAについての知識がほしい。日本史にいたっては、なにもしなければ中学生と同じ知識量なので、新聞読んだり、資料にあったったりする上で、まず歴史について知らないと理解できない場面が数多い。
もちろん、高校生のときに勉強した程度で、満足のいく知識を得られるわけではない。しかしながら、0か0でないかはやはり大きな問題なのである。
もう少し書くと、歴史になんてまったく興味がなかった。実際世界史の授業だって、ほとんど何も聞いていなかったわけだし。でも今になって、今の自分、今の時代を考えるにあたって、やはり体系的に日本の、とりわけ明治の終わりから終戦までの歴史をきちんとしておかないと、後悔すると思うようになった。だから、勉強する。
必修だとか、履修漏れだとか、隠蔽だとか、都道府県統計だとか、そういうこと言う前に、まずは学ぶ意義をきちんとさせることじゃないか。この問題の本質は。理系にも古文を歴史を、文系にも数学を、物理を。
高校の勉強なんて、頭の良し悪しじゃないよ。
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