休みながら考える
3月29日(木)
昼、新幹線で静岡の実家に。
こちらにいると、演劇からも東京からも離れることができる。もちろん、精神的に。日々の生活が、まるで山の向こうの戦火のような感じに思える。これからやらなければならないことを整理しながら、少しだけ休憩。
栃木のいじめ裁判を知る。学校側の責任をめぐり、両親は上告する予定だという。「学校の責任」。このケースだけでなく、安易に問題と責任を学校に押し付つけるべきではないのではないかと思う。
現場の教師は、少なからず不自由さを覚えるし、子供とのやりとりを子供ではなく、背後に控える保護者、さらにその先の「世間」とすることになる。ミスしないように、問題にならないように、教師の個を封印しては、言葉は子供に響かなくなる。
モノづくりの基本は、自分に嘘をつかないことである。子供はモノではないが、共通する部分もあるはず。


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