内職と観劇
例えば塾で、合格しなければ返金する、という所がある。「絶対に合格させる自信があります」ということを訴えたいんだろうが、どこか変だ。
それは、塾に行って何かを教わるということを「金で買う」違和感である。
確かに経済活動というのは、お金を払い、それに見合ったものを手に入れるというのが基本にある。しかし、教育というのは、そのスペックが決まっているわけではないし、やる気とか、タイミングとか、ひらめきとか、なかなか予想できない部分も多い。いったいこれが、どんな結果を生むのか、お互いに知らない状態で契約を交わすことになる、非常に特殊なやりとりが行われるものだ。この辺の論考は、内田樹さんの「下流社会」に詳しいので、ぜひ読んでもらいたいのだが「合格しなければ返金」への違和感は、このようなところが原因になっている。
同じように「治らなければ返金する医者」や「購入後3ヶ月以内に死んだら7割返金のペットショップ」も、やっぱりどこかおかしい。
なぜこのようなことを書いたのかといえば、以下の2つの点について考えたいからだ。
ひとつは、授業中、話しを聞かず「内職」をする生徒のこと。
もうひとつは「観劇する」という行為についての考察だ。
まず第一の考察から。
「内職」にも色々な種類がある。テストが迫っているので(他の教科の)勉強をする/同じ教科だが別のテキストを自習する/携帯でメールをする・・・いずれも内職には違いないが、もしあなたが教師側だったら、投げかける言葉は同じではあるまい。
一番分かりやすいのが携帯をいじるだ。これは、勉強をすべき時間に勉強をしていないのでルール違反である。とてもわかりやすい。(そうなると眠っている生徒はどうなるんだ?という問題もあるが、ここでは触れない)その場合、携帯をしまいなさい、と言えるし、取り上げたって問題ない。
次は違う教科を勉強している生徒だ。数学の時間に数学をやらないのはルール違反である。だから、内職をやめなさい、テストでひどい点数をとるぞ、となる。正論だ。
問題は、同じ数学ではあるが、まったく別の教材に取り組んでいる場合だ。恐らく、塾で先取り学習をしているので、授業で教わる内容はすでに学習済みであり、ある程度理解している。だから私は、もう少しレベルの高い問題を今解いているのだよ、というケースだ。
この場合、同じ教科であるということと、誰にも迷惑はかからないということ、そして何より「今必要な勉強である」ということから、頭ごなしに中止させる動機が見当たらない。
もちろん学校であるから、授業を受ける態度も重要だ。そういう意見もあろう。しかし相手は高校2年生だ。受験を意識し始め、学校の勉強では物足りず、静かに自習をしている姿を見てどうしてよいかわからないのだ。
もちろんひとりの人間として、話を聞かずに(つまり無視して)他のことをやっている奴がそこにいるのは、気分が悪い。はっきり言って、いなくなってもらいたい。しかし、そんなことで、いちいち怒ったり衝突したりする気はない。こちらも無視するのが一番早い解決法だ。お互いにいないものとして、時間を過ごせば問題はない。
そんなことができるのは、きっと授業を受けるという行為を、内田さんの本の言葉で書けば「等価交換」しているからだろう。効果が期待されないから聞かない、という態度は、認められた権利だと思っているはずだ。だからたちが悪いのだ。だってそれは正論だから。
以下つづく。












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